坂道では自転車を降りて
「主人公の人格が、うまく掴めないの。誰でもいろんな仮面を被るし、葛藤はあって、それが物語なんだろうけど。いろいろ詰め込み過ぎて違和感が残るの。内的な人格を外に出して表現する手もあるけど、そうすると、去年の神井くんの脚本と良く似た構成になっちゃうから避けたいんだよね?だったらいっそ、主人公を複数人に分けてリレーするとかは?そしたら、役者の負担も減るし。それにこの部分は夢の中みたいな感じにしたらどうかな?」
「?」「!」
そうか。全て現実で、1人の主人公に盛り込もうとするからうまく行かないのか。思考や感情、夢、その境界は曖昧でも良い。辻褄を合わせなくていいように作れば良いんだ。生駒さんも何か気付いたらしく、何か頭の中が高速演算しているみたいな表情になっている。
「あぁ。そうか。ああ、そうか。あぁ。」
生駒さんが意味不明になんか言ってる。
「舞台装置自体は、教室でいいのかな?」
多恵は話を続けるが、生駒さんは聞こえてるのかな。
「あっ。はい。」
だいぶ間があいた。
「でも、自宅とか教室じゃない場所のシーンが沢山あるよね。照明を落とせば教室では無くなるけど、あまり多くない方が良いから、脚本に工夫がいるね。そこは神井くんが見てくれるのよね。」
生駒さんではなく俺に言った。
「ああ、俺が見るよ。」
「ごめんね。いろいろ話してもらったけど、やっぱり絵はうまく描けそうもないや。会話というか内容がすごくリアルだから、この本なら写真の方がイメージが合うかも。織田君にもいろいろ話してみたらいいよ。」
これも生駒さんではなく山田に向かって言う。生駒さんはどこか遠くに行ったまま帰って来ない。
「はい。」
「じゃあ。私はこれで。がんばってね。」
彼女は帰って行った。
「あ、ありがとうございました。」
ドアを出る所で、生駒さんが慌てて立ち上がって見送る。