坂道では自転車を降りて
 俺は今まで、母親以外からは義理チョコしか貰ったことがない。厳密には母さんだって親父が本命なんだから俺のは義理チョコだ。いや、そういえば、中学のとき貰ったあれは、確か手作りで、義理ではなかったような気がしなくもない。だが、何とも思ってない相手にお返ししていいのか悩んで、結局、面倒になって何も返さなかった。あの子、どうしてるかな。って、既に名前が思い出せない。俺って実は薄情だったのか?というか、こーゆーところがモテない理由なんだろうな。

『小学校の時、一度作ったけど、大失敗だった。』
彼女が小学生の時か。誰にあげたんだろう。弟じゃないよなぁ。
『チョコって融かして固めるだけじゃないの?失敗するの?』
きっとテキトーに作っちゃったんだろうなぁ。笑って顔を見たら、
「。。。。。」
明らかにムッとしていた。やばい。チョコが遠のく。
「あ、いや。その。頑張ってください。」
思わず声に出して言う。

『買った方が美味しいね。』
目を尖らせて、頬を膨らませて書く。
「。。。。」
あぁ、また拗ねてる。君がくれるなら何でも美味しいよ。って書きたいけど、ちょっと照れくさい。俺がふくれたほっぺたをつまんだら、膨れっ面からべーっと舌が出て来て、つんっと横を向かれた。まあいいや。こんなふうに拗ねてる彼女もすごく可愛いのだから。誰も見ていないのを見計らって、耳にキスすると、真っ赤な顔でうろたえて立ち上がった。耳を押さえる手が、やたら色っぽくて、むしゃぶりつきたくなる。

「なっ。なっ。」
 ここが図書室だってこと忘れてるのか、赤い顔のまま、回らない口で抗議しようとしたので、俺が『静かに』と身振りで伝えると、彼女はますます赤くなって、スケッチブックを掴んで出て行ってしまった。
 それでも、次に会った時にはお互い笑って話が出来て、小さな事でいちいちうろたえずに済むようになった自分に少し安心する。部室で彼女を捕まえた日から、気付くと4ヶ月が経っていた。
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