坂道では自転車を降りて
 初耳だった。そんなことがあったのか。まあ、想像に難くはないが。っていうか、大野先輩はあの先輩の告白を断って、神井と付き合ってるのか。川村先輩の時も思ったけど、彼女の趣味は理解に苦しむ。いや、神井先輩も凄い人ではあるけれども、女子が付き合って楽しい人だとは思えない。それこそ振り回されて大変なだけだ。

「川村もそれで辞めたの?」
「川村がそんなことで部を辞めるとは思えないんだけど、状況みるとまあ、そうなるな。」
「あの川村をそこまで虜にしちゃうって、大野さんって、実はすごいんだ。」
 目の前の大野先輩を見ると、青くなって震えていた。身体がぐらぐら揺れている。俺は思わず肩に手を回して彼女を支えた。薄くて小さい肩。

「黙ってれば確かに可愛いと言えなくもないけど、暗そうだし、そんなに魅力的には見えないんだけど。大人しそうなのに言う事キツいし、なんか偉そうだし、俺ちょっとおっかない。」

 あたらずとも遠からずとはいえ、本人が聞いているとも知らずに言いたい放題だ。だが、以前ならこんなことを噂されていても、大野先輩は意に介さなかったように思う。神井と付き合うようになったからなのか、川村先輩がいなくなったからなのか、彼女はちょっとしたことですぐうろたえるようになった。アンバランスな彼女を見ているとイライラする。

「お前は彼女と親しく話した事が無いだろ。人見知りでガード硬いのに、ちょっと親しくなると、人懐っこい顔で笑いかけてくるんだよ。普段は凛々しくて怖そうなのにさ、ふとした時に目が合ったりすると無邪気に笑うから、なんか自分に気があるのかって勘違いするんだよ。今も男に囲まれてるし、神井も気が気じゃないと思うよ。椎名とか明らかに・・」
「ゴホッ。うぉっほんっ。」

 不意に椎名が大きな声で咳ばらいをした。聞いていられなかったんだろう。先輩がビクッと震えて我に返った。すがるような目で俺を見たので、思わず笑いかけた。しっかりしてくれ。こんなどうでもいい噂話を気にする事はないんだ。
 
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