坂道では自転車を降りて
「そう。」
彼女は困った顔をした。
「ごめん。寂しかった?」
「別に、大丈夫。」
大丈夫は要注意だ。本当は今日も、もっと一緒にいたかったんだ。
「多恵。」
俺は彼女を抱き寄せようと片手を伸ばした。
「大丈夫。わかったからもういい。」
彼女は一歩俺から離れて、今度は自転車の前を歩き出した。自転車を押してる俺はうまく追いかける事ができない。
困ったな。週に1回、顔見れればいいとか言ってたけど、やっぱり寂しくて、不安だったんだ。
「拗ねるなよ。ごめん。今日はもう少し一緒にいようよ。」
「拗ねてないよ。大丈夫。もういいよ。」
振り返って後ろ向きに歩きながら、彼女は笑った。いつもの作り笑い。
「だって、寂しそうな顔してるよ。」
「神井くんの言ってる事、分かる。私もそうしたほうが良いと思う。だから、もう帰ろう。」
俺から逃げるみたいに脚を速める彼女。俺が追いかけると、ますます脚を速める。
「ちょっと待ってよ。」
そんなに急いで帰ってどうするの?家に着いたら、君は何をするの?どんな気持ちで夜を過ごすの?
坂の終わりまで小走りで登った彼女は、振り返って言った。
「乗せて。」
「なんでそんなに拗ねてんの。何かあった?」
「何もないよ。もう帰ろうって、言ってるだけじゃん。」
涙声にぎょっとする。