坂道では自転車を降りて
「こうしてみると、なんか、、別人みたいに可愛いですね。睫毛ながっ。」
後ろから突然声がしてビビる。
「なっ。っに、言って。かっ、可愛いに決まってんだろ。」
やばい。見とれて、ぼーっとしてた。恥ずかしい。
「起きてると、厳しいんですけどね。」
織田はしげしげと彼女を眺めている。あんまりじろじろ見るな。
「ほんっと無防備に寝てるなぁ。くちびるとかぷるぷるじゃん。先輩、普段おっかないのに、たまーにすっげぇ無防備で、こっちが困るっていうか。また、そういう時に限って、無駄に可愛いんですよね。なんの罠なんだって感じですよね。」
だよなぁ。
「でも、いいなぁ。俺も彼女欲しいなぁ。」
織田はまた眠そうな顔で言う。
「織田ぁ。起きたならさー、これの続き頼むよ。俺そろそろリハーサル行かないと。」
「んー。おう。」
織田は作業場に移動した。俺もそろそろ行かないと。もう一度彼女を見る。織田の言う通りだ。オーバーオールの作業着は、胸から腰にかけてのラインが色っぽくてやばい。それに胸元に置かれた彼女の指は軽く握られ、何故だかいつも以上に色っぽい。あの日、美術室で見たオフィーリアの死体を思い出す。俺の本を抱えて死んだ彼女。
はっと、我に返る。もうリハーサルに行かなくちゃ。俺は慌てて自分の上着を脱いで彼女の肩にかけた。これだけじゃ足りない。彼女の上着や備品のドレスを掛けるだけ掛けて、頭まですっぽりと彼女を隠してから、俺は体育館へ向かった。
事故が起きたのは昨日の夕方だ。引き戸が倒れて崩壊したのだ。もともと、雑に扱うことを想定して作られていなかったようで、練習を重ねるにつれ、あちこちガタが来ていた。そこへ、転んだ部員が後ろからもたれかかってしまい、支柱が外れて倒れたのだが、片方の支柱は立っていたので、戸が捻れ、レールが上下二本とも外れてしまい、接合部は砕けてしまった。文字通りバラバラだ。その夜の間に接合部をなんとか継ぎ足したり、取り替えたりして、組み立てたが、支柱部分は痛みが激しく、新しく釘を打っても重みに耐えられず、いくら調整しても扉が滑らかに動かなかった。