坂道では自転車を降りて
俺と原は8時過ぎに退散したが、裏方組は昨夜10時過ぎまで引き戸と格闘し、多恵の父親が車でみんなを送ったらしい。結局、一部を残して新しく作り直すことを決断し、今朝から資材の調達を始めた。図面を引き直し、木材やねじ釘を買いに走る。いつも使っている近所の木材屋に在庫があって助かったが、徒歩で運ぶのには驚いた。これまでもいつも徒歩で運んでいたという。そして今、午後4時過ぎ、資材はなんとか集まり、作業はピークの筈だった。
「しょうがないんです。織田と先輩は多分、昨日寝てませんから。」
昨夜、彼女は織田に図面の修正と必要な資材のリストアップを指示したが、自分でも同じ事をしてきたらしい。朝も顧問に無理を言って6時に部室に集合した。そして、肉体労働。眠くならない方がおかしい。
「それで、間に合いそうなの?」
体育館に向かいながら藤沢に尋ねる。本番は明日だ。今日は短縮授業で早めに下校になったが、明日はバッチリ6時間の授業がある。
「多分、今日中には組み上がるだろうって。ピシャっと開くかどうかは、組み立ててみないとなんとも判らないんですけど、多分、大丈夫って先輩言ってました。大野先輩が”多分”って言った時は、多分じゃなくて大丈夫なんです。」
藤沢は明るい顔で言った。彼女を信頼しているのだろう。
「ただ、上手く動いても塗装はもう間に合いません。備品の塗料は乾くのに一日以上かかるのに、速乾性のやつが結局、手に入らなくて。」
思案顔だが、暗い顔はしていない。タフな奴らだ。
「そうか。。動くといいな。」
「最終の組み立ては先輩がいないと。織田が言うには、俺達だけじゃあ手際が悪くて、精度が出ないんだそうです。だから、先輩が寝てる間に、他を出来るだけ進めておければ良いんですけど。」
「リハが終わったら、俺達も動けるから、言ってくれ。」
引き戸が間に合わなかった時の為の演出も一応は考えてやってみたが、やはり付け焼き刃ではイマイチだし、せっかくの本棚が生きてこない。
舞台に戻ると皆がこちらをみた。
「どうだった?」
原が尋ねる。
「今日中には組み上がるけど、動くかどうかは、まだ分からないらしい。」
生駒さんが青い顔で俯いている。装置に脚を引っかけて転び、引き戸を倒したのは彼女だ。
「大丈夫だ。あいつらだってがんばってるし。」
そして生駒さんに近づいて言ってやる。
「あいつら,案外楽しそうだよ。後で何か差し入れよう。」
「はい。」
リハーサルが終わり、役者は解散となり、明日のスケジュールを確認したあと、後片付けが始まった。普段は裏方が指示するが、今日はそんな暇はない。役者達でなんとか運んだ。セットを片付け終わると、俺は彼女が気になって、慌てて部室へ走った。ソファで無防備に寝ている彼女。それとももう起きているだろうか。