坂道では自転車を降りて

 部室の前の廊下に裏方組と生駒さんが集まっていた。視線が俺に集まる。
「大野先輩は?」
椎名が言うと、みんなは部室の中をみた。
「あれっきり、倉庫から出てこない。」
「俺達がいなくなったら出てくるつもりなんじゃないかな。」
「だったらもう行こうよ。先輩、出て来れないじゃん。」
「そうだな。」
椎名が倉庫のドアの前から声をかけた。
「先輩。俺達教室に戻ります。また放課後、いえ、昼休みも来れたら来ます。」
倉庫から返事はなかった。椎名は俺に黙礼すると教室へ戻って行った。

 俺は気配を殺してドアの前で彼女が出てくるのを待った。彼等の言うように、しばらくしたら彼女は出てくるだろう。何もなかったような顔をして教室に戻って、そして授業を受ける。放課後、俺と顔を会わせたらどうするつもりなんだろう。俺はここで彼女を待って、どうするつもりなんだろう。

 ゆっくりと音を立てずに倉庫のドアが開いた。始業のチャイムまではもうしばらくあった。人目を気にしながら彼女が倉庫から出る。隅で座っていた俺には気付かず、出入り口のドアの方をみる。人がいないことを確認すると、大きなため息をついた。教室に戻るため鞄を探してぐるりと部屋を見回して、俺を見つけて、跳び上がる。

「おはよう。」
「お、おはよう。そこにいるの気付かなかった。びっくりした。」
「教室に椎名が呼びに来たんだ。君が泣いてるって。何かあったの?」

 俺がそう言うと、彼女は少し驚いた顔をして、曖昧に笑い、俺から目を逸らし、悲しげな表情を見せた。ゆっくりと息を吐くと、あらためて顔を上げ、にっこりと笑った。
「何もないよ。もう大丈夫。」
 笑顔で告げたその言葉を聞いて、俺はすぐに後悔した。こんな作り笑いをさせてしまったら、また彼女が見えなくなる。それに、彼女のこの狡猾な笑顔が、俺は大嫌いなのに。
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