坂道では自転車を降りて
「あ、ごめん。」
そうだよな。学校の最寄り駅だし。まずいよな。急いで線路の方に向き直ると、思わず小さなため息が出た。そのまま前を向いていると、今度は彼女の指が俺の指に触れた。俺の指が思わずぴくりと動く。顔は線路に向けたまま。そうか、彼女もびっくりしただけか。俺は彼女の手を掴んだ。ゆっくりやらなくちゃって思っていたのに、手は勝手に動く。素早く、ぎゅっと握ってしまった手の中で、彼女は一瞬ビクッとしたけれど、ゆっくりと俺の手を握り返してくれた。細くて柔らかい指。彼女の口から吐息が漏れるのが聞こえた。ゆっくりと彼女に視線を向けると、彼女も俺をまっすぐ見つめた。言葉もなく見つめ合う。耳の奥できーんと高い音がして、何も聞こえなくなった。世界が俺達だけになる。息が苦しい。
一瞬だったのかそれとも長い時間だったのか、気付くと電車がホームへ入って来ていた。俺達は手を繋いだまま電車に乗り、つり革につかまる為に自然に手を離した。
並んで立って、車窓に写った彼女の顔を眺めていたら、窓の中の彼女とまた目が合った。俺達はそれぞれ、片手でつり革に捕まりもう一方には鞄を下げている。もう手を繋ぐ事はできない。仕方ないよな。諦めたように彼女に笑いかけると、彼女は目を伏せ、つり革につかまっていた手を離し、俺の腕に捕まった。身体を寄せると、柔らかい身体の感触が腕に伝わる。うわぁぁ。
車窓に写った俺は、鼻の穴が膨らんじゃって、目尻が下がってニヤニヤしてて、すごく変な顔をしている。格好悪すぎる。慌てて顔を作り直し、ドキドキしながらそっと彼女を見下ろすと、彼女も俺の顔を上目遣いに覗き込む。今、目を合わせてしまったら、きっと目を離せなくなって、また見つめ合って、おかしな2人になるだろう。怖くなり、思わず目を反らし、車窓に写った彼女を見た。彼女はしばらく俺の顔を見上げていたが、俺が動かないからか、それとも満足したのか、微笑みながら俯いた。頭の中が真っ白になる。