坂道では自転車を降りて
休憩がすむと、織田は多恵を広々した芝生に連れて行き、鞄から絵本を取り出した。
「大野先輩、この本、知ってます?」
「。。。知らない。かな。」
「そしたら、ここの芝生に座って、この本読んでください。出来れば声に出して、表情豊かに。」
「?」
「絵本がレフ版の代わりになって、顔が綺麗に撮れるんです。」
多恵に説明してから、俺に目配せする。何が始まるんだろう?
彼女は明るい芝生に座って絵本を読み始めた。男の子が犬を飼う話らしい。子供に読み聞かせるみたいに、大きな声で読んでいた彼女は、途中、犬が歳をとって死んでしまったところで、声を詰まらせた。
「何これ。ズルい。」
「どうぞ、続きもよんでください。もう声は出さなくてもいいですよ。顔を隠したらダメですよ。」
彼女は続きが気になったのか、無言で続きを読み始めた。表面張力いっぱいまで溜まった涙で、うるうる揺れる瞳。下向きの顔を絵本からの反射光が優しく照らす。ページをめくりながら、手を口元へ持って行く仕草が、女らしくて、すごくキレイだ。彼女の手の動きは、どうしてこんなに色っぽいんだろう。。読み終わった絵本をパタンと閉じて、唇を噛んだまま視線を外す動作、空を眺め目を見開く動作。どれも、嫌になるくらい可愛くて絵になる。
しばらくの間、彼女は芝生に座ったまま、本を抱えて拗ねていた。
「先輩、拗ねた顔も可愛いですよ。」
織田は構わずシャッターを切る。こいつ、俺を差し置いて、ぬけぬけと。それに、あんまりからかうと、泣いちゃうぞ。俺はハラハラしながら、結局、何も言えずただ見守った。
織田はまたおもむろに鞄をあけると、今度はチョコレートの小箱を取り出し、自分でひとつ食べてから、北村さんと今西にも配った。そして箱ごと俺に渡すと小声で言った。