坂道では自転車を降りて
彼女を家まで送って、自分も帰途につく。すごく楽しい一日だった筈なのに。最後に余計なことをしてしまった。あのまま何も聞かずに「好きだよ」って言って、抱き締めてキスして、素直に帰れば良かった。
そのまま家に帰る気になれず、コンビニに立ち寄る。何気なく雑誌コーナーをみていたら、写真の雑誌があった。花や自然を撮る人、旅先で風景を撮る人、鉄道を撮る人、家族を撮る人。今日、俺はカメラが欲しいと思ったけど、多分、俺が撮りたいのは彼女だけだ。彼女の笑顔、泣き顔、動く姿を写真に収めたいだけなんだ。
家に戻ると母さんが食事の支度をしていた。
「ただいま。」
「お帰りなさい。あの子に会えた?」
「あの子って?」
「大野さんじゃないかしら。家の前に女の子がいたんだけど。」
「は?」
「あんた、めかしこんでたから、大野さんと出かけたんだと思ってたけど、ケンカでもしたの?」
「ケンカなんかしてないよ。え?どんな子だった?」
母さんはずっと前に一度見ただけだ。本当に大野さんかどうかわからない。
「買い物から帰って来たら、家の前に女の子がいて、あんたの部屋のほう見てたの。スラッとしてて髪の長い子。」
「で、その子どうしたの?」
「私に気付いたら、慌てて自転車に乗って行っちゃった。会えなかったの?電話してみたら?」
「それって、いつ?」
「今さっき。」