坂道では自転車を降りて

「いいよ。俺の部屋に行こう。」
「あ、うん。」
「後で、お茶でももって行きましょうか?」
「いえ、もう遅いから、すぐ帰ります。」
「こっちだ。」
階段を上がり、彼女を自室へ招き入れた。さて、このドアは開けておくべきか。
「ドア。どうする?開けとく?」
「ドアは開けとけって、彼に言われてるから。」
彼女は部屋をぐるりと眺めながら言った。
「そうだったな。」
俺はドアを開けたままにした。どうせ、母さんがすぐに覗きにくるだろうし。
「意外と片付いてるね。パソコンは?」
「ここだ。」
 一度家に帰ったからか、彼女は接続コードを持って来ていた。よく見ると髪も、綺麗に纏められて、今朝とは違う髪飾りがついていた。俺がベロベロ舐め回した顔も、多分、洗って来たんだろうな。さっぱりした顔に、リップなのか口紅なのか、やたら唇がツヤツヤしていて、なんだか困る。
 準備ができると、彼女は俺を隣に呼び寄せた。2人で画面を眺める。今日一日、彼女が撮った俺の写真と、俺がとった彼女の写真が次々にパソコンの画面に現れる。画面の中で笑う彼女は、もちろん可愛いんだけど、目の前に本人がいるのに、パソコンの画面なんて、全然、見る気がしない。彼女からふわっといい匂いがする。

 何を話したら良いんだろう。それに、触りたい。触りたいよぉう。母さんは何やってんだろう。早くお茶持って来て、そんで帰ってくれ。そしたら、心置きなく彼女を抱き締められるのに。。。

< 595 / 874 >

この作品をシェア

pagetop