坂道では自転車を降りて
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 織田の話は俺が予想していた最悪よりも、ずっとずっと最悪だった。多恵がまた無節操に織田と親しくして、織田に告白って振られたとか、逆に織田に告白られたとか、抱き締められたとか、勢い余ってやっちゃったとしても、そのほうがぜんぜんマシだった。織田は頼れる後輩だ。多恵が抱かれたからって、俺に後ろめたいってだけで、彼女の心に傷が残るような出来事ではない。嫌がる多恵に無理矢理そんな事するヤツでもないだろうし、もし織田と何かがあったとしたら、それは多恵が織田に心を許しているということだ。もともと多恵は惚れっぽくて移り気な性格だ。彼女が俺を捨てて織田に走ったとしても、俺にとっては最悪だけど、ただそれだけのことだ。
 でも、今西って誰だよ。知ってるけど、知らないヤツだろ。そんなヤツに連れ出されて、床に倒れてたって、ただの暴行だろ。多恵は暴行されたんだ。

 今すぐに多恵に会いたかった。会って抱き締めて、謝りたかった。多恵が泣いたとき、俺が好きだと言いながら泣いた時、抱き締めてやらなかったことを後悔した。まだ間に合うのか。あれから10日も経っている。
 目を閉じて、彼女に会いに行く自分を想像する。彼女は笑うんだろうか。何もなかったような顔をして。あの作り笑いで。それともまた泣くんだろうか。
 どうして、何も言ってくれなかったのか。いや、あの時俺が抱き締めてやっていたら、優しくしていたら、彼女は俺に何か話してくれたかもしれない。次の日だって遅くなかった。泣きながら、震える身体で、俺に助けを求めていたじゃないか。俺が好きだと、言ったじゃないか。扉を閉ざしたのは俺だ。俺の前で泣けとハンカチまで贈っておいて。。

 俺は何をしていたんだろう。無力感で全身の力が抜けた。

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