坂道では自転車を降りて

 分かってる。俺は本当はすぐにでも彼女を抱き締めに行かなきゃならない。でも。怖いんだよ。拒否られるのが。もう手遅れだと言われるのが。あの作り笑いで「大丈夫。」とか言われたら、俺は自分を許せない。でも、多分言う。彼女はそういう子だ。

織田は業を煮やしたように言った。
「あの時、俺、分かりましたって言ったけど、、、やっぱり取り消します。俺、行きます。」
織田は教室を出て行った。
行くって、どこに?思ったけど、聞けなかった。単に帰るって意味じゃないよな。あいつは多恵に会いに行くんだろうか。

 俺は倒した机を片付けて、織田を追った。織田は、部室で荷物をまとめ、椎名と二言三言話すと、部室から出て来た。早足で歩く織田を追いかけた。
「どこへ行くんだ?」
「大野先輩は予備校にいるんですよね?」
「そうだ。行くのか?」
「どこの予備校ですか?」
「横浜だ。でも行ってどうする?」
「俺、神井先輩が嫌いです。また嫌いになりました。大野先輩も嫌いです。大嫌いです。」

息が切れて来た。駅まで無言で歩く。電車に乗ると、織田はまた話し始めた。
「俺、姉がいます。」
「うん?」
「大野先輩みたいに真面目でもないし、賢くもないし、晩生でもなくて、体育会系で、頭悪くて、彼氏の話ばっかりしてるんですけど。なんか重なるんですよね。」
織田の話はなんとなく分かる。どちらも親しい年上の女性だ。

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