坂道では自転車を降りて
「俺が先輩に近づくとあんたの機嫌が悪くなって、先輩が困る事は分かってたんです。でも、先輩とは気が合うし、あんたに意地悪したい気持ちもあった。だから、モデルを頼んだんです。」
「今回の事は、責任は俺にあります。一応、あんたにも謝っときます。すみませんでした。今西があんなことするなんて思わなかった。文化祭の後から、大野先輩と話したいって、ずっと言ってて。見た目は気持ち悪いけど、真面目なやつだと思ってたから、あこがれの先輩と一度くらい会わせてやっても良いかと思ったんです。大野先輩はあーゆー人だから、きっと優しくしてくれるだろうし。大野先輩のファンが増えたら、またあんたがイライラして、いい気味だって思ってた事も、否定はしません。でも、今西みたいなヤツを、大野先輩みたいに優しくて無防備な人に会わせたらいけなかったんだ。本当に。バカなことした。結局俺は、あんたじゃなくて大野先輩の首を閉めただけだった。最悪だ。」
「それに、あんたに先輩を任せたのも、俺のミスだった。あんたが自己中で先輩の事なんかちっとも考えてくれないヤツだって、俺は知ってたのに。だから先輩は電話に出なかったんだ。本当に余計な事した。俺が送れば良かったんだ。俺が抱き締めれば良かったんだ。」
織田はそれきり黙って座っていた。電車が横浜に着くまでずっとイライラと足を揺すっていた。こいつは多恵を俺に託すために電話に出た。でも、俺は彼女の側にいなかった。こいつが失望するのは当然だ。織田の言う通り、多恵は最初から俺には何も期待していないのだろう。電話に出ようとしなかった。泣いてはいても、俺にすがっては来なかった。俺は、彼女にとって何なのだろうか。