坂道では自転車を降りて
彼女はいつも通りに振る舞った。景色を眺めたり、立ち止まったりしながら、上機嫌で歩く。織田が少し遅れてついて来ていた。
「あのさ。俺、織田に会ったんだ。」
彼女の呼吸が少し乱れた。
「。。。。。いつ?」
「今日。」
「ふーん。」
そんな話に興味はないと言いたげな口調だった。
「何があったか聞いたんだ。君が保健室にいた日のこと。」
「そう。」
「ごめん。」
彼女は答えなかった。そのままペースを変えずに、駅に向かう路地を無言で歩いた。悲しそうにも見えるけど、そうでもないように見える。どうして何も答えてくれないんだろう。
「ごめん。」
俺はもう一度言った。聞こえてないとは思えないけど、何も様子は変わらなかった。どう答えようか、考えているのだろうか。駅前に出ると立ち止まって彼女は言った。
「私、ちょっと寄るところがあるから。またね。さよなら。」
ちょっと高い声で言うが早いか、きびすを返して、雑踏に飛び込んだ。
「え?ちょっ、ちょっと待ってよ。」
これで逃がしたら何の為にここまで来たのか分からない。慌てて追いかける。しかし、帰宅ラッシュの雑踏の中、彼女の方は好きな方向へ逃げれば良いけど、俺は彼女を見失わないようにしながら雑踏を避けなければならない。俺達の距離はあっという間に広がった。
「多恵。待ってよ。まだ話が。家まで送らせてよ。」
言ってる間にもう追いつける距離ではなくなってしまった。
「多恵!」