坂道では自転車を降りて

 駅ビルのエスカレータを上がる彼女を目で追いながら、見失ったと思った。
 だいぶ遅れてエスカレーターを上がる。何階まで上がったのか見当もつかない。とりあえず、一番近い本屋と文具屋を見て回ったが、見つからなかった。電話にも出ない。途方にくれていると、織田の姿を見つけた。
「逃げられました?」
「あぁ。見つからない。電話にも出ない。」
「なにやってんですかっ。どうして手とか握っとかないの。」

織田は電話をかけはじめた。多恵にかけているんだろう。しばらくコールして顔を上げた。
「俺の電話にも出ません。ったく。悠長なことしてたら逃げられるの、分かんなかったんですか?なんでさっさとつかまえないの?っていうか、あんた、やる気あるの?」
「うるさいっ。お前は多恵とつきあったこともないくせに。勝手な事ばかり言うな。」
「付き合った事なんかなくたって、あんたよりよっぽど先輩の事分かってますよ。」
「そんなのあたりまえだ。だからなんなんだよ。」
「。。。。」
「だって、そうだろ。同じ部だけど、活動は別々で、一緒にいられる時間なんかほんのわずかだった。本当の彼女が知りたくても、彼女は掴みどころがなくて、俺に嘘ばかりつく。俺と付き合ってる筈なのに、いつもお前らと一緒にいて、お前らとばかり話をして、お前に守ってもらって、お前に写真撮られて、お前の撮った写真に夢中で。俺には何も話してくれない。」

織田は驚いて、目を見開いた。
「もう嫌だ。気が狂いそうなんだ。俺は、彼女が何を考えているのか。何を感じてるのか。本当に俺が好きなのか。俺は、俺には、ちっとも分らないんだよ。お前なら分るんじゃないの?彼女にとって俺ってなんなの?あの子は俺の気持ちを本当に分かって。。」
俺の携帯が鳴った。彼女からのメールだった。

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