坂道では自転車を降りて

「行こう。」
俺はベンチに向かって歩きだしたが、彼女は動かなかった。
「多恵はどうしたい?俺に、どうして欲しい?」
振り返ると、俯いた彼女は思い詰めた顔で立ち、ちらりと帰り道へ目をやった。ここまでなのか。
「帰るの?」
帰らないでくれ。目を伏せたままの彼女を祈るように見つめる。彼女は何か言おうとしているのか、息苦しそうに肩で息をしているが、なかなか言葉が出てこない。声をかけたくなったけれど、、黙って待つ方がいいと思った。

「怖かった。」「うん?」
「怖かった。嫌だった。」「うん。」
「悲しかった。悔しかった。情けなかった。」「うん。」
ああ、やっと話してくれた。これでよかったんだ。
「会いたかった。優しくして欲しかった。抱き締めて欲しかった。許して欲しかった。でも会うのが怖かった。怒られるの、怖かった。嫌われるの、怖かったの。」
当たり前だ。その通りだ。なのに俺は、
「ごめんな。今からでもいいなら、来て。お願いだ。」
 両手を広げて待つと、彼女はゆっくりと、震えながら俺に近づいきて、もう少しと言う所でピタリと止まった。そしてまたジリジリと後ずさった。

< 687 / 874 >

この作品をシェア

pagetop