坂道では自転車を降りて

 一瞬、気が遠くなりかけたけど、気力で引き戻した。そして一歩踏み込んで、できるだけ優しく彼女の腕をとった。彼女は逃げなかった。引き寄せてギュッと抱き締めたくなる衝動を抑えて、ゆっくりと彼女の肩を抱き、そっと背中をさすってやる。やがて彼女は俺にしがみついて、また堰を切ったように泣き始めた。
(抱き締めて、ぎゅっとぎゅーっと。)彼女が言ってるような気がした。

俺は力を込めて彼女を抱き締めた。彼女も精一杯抱きついて来た。
「神井、くん、好き、なの。」
「うん。」
「大好き、なの。」
「うん。」
「ごめ、んなさ、い。」
「いや、俺こそ、ごめん。」

とても長い間、俺の腕の中で彼女は泣きながら、何度もごめんなさいと言った。暑い暑い日だった。

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