坂道では自転車を降りて

 気付くと彼女は俺を真っ直ぐ見ていた。切なげに俺を見つめる瞳。昨日の事を怒ったり、悲しんだりしている様子はなさそうだ。ホッとしたら、なんだか急にドキドキしてきた。

「今日はどうしたの?」
照れ笑いしながら聞いてみる。
「え?」
自分が俺を見ていた事に、言われて気付いたみたいだった。急に恥ずかしそうに目を逸らしてモジモジし始める。
「なんでもないの。」
「何かあった?どうして欲しい?」
「。。。。何も、ないの。ごめん。」
「いや、謝らなくても。。。。」
「ごめん。。。その、ただ、会いたくて。」
 真っ赤な顔で俯く。俺はもたれていた柵からずり落ちそうになった。そんな顔でそんなこと言われたら、どう答えたら良いのか分からない。息が詰まって、酸欠になった脳が呼吸をしろと言っている。茫然と彼女を見た。

「やっぱり、もう止めるね。」
 いや、止めなくても良いんだけど。。。
 でも、止めた方がいいのかもしれない。勉強がぜんぜん捗ってなさそうだ。昨日の今日で会いに来た。これが続いたら、俺は良くても彼女が良くない。やっぱり我慢した方がいいのかなぁ。

「そ、そうだな。もうちょっと間を空けた方がいいんじゃないかな?」
 俺が言うと、彼女は一瞬、親に怒られた子供みたいな泣きそうな顔をした。でもすぐに頬っぺたを膨らませて「ちぇっ。ケチ。」と言って笑った。

 彼女が立ち上がり歩くと、ふんわりと優しい生地の夏服の裾から、膝の裏の白い皮膚が覗き、血管が透けて見えた。俺に背を向けて歩き、少し離れた所で立ち止まて振り向く。俺の胸がキュウっと締め付けられる。
「多恵。戻って来て。」
「。。。。」
 少し困ったような顔で俺を見る。そんな切ない顔するなよ。
「いいから、おいで。」

< 714 / 874 >

この作品をシェア

pagetop