坂道では自転車を降りて
彼女は会わない日にはメールやはがきをくれた。はがきには面白い台詞入りのイラストや4コマ漫画みたいなのが書かれていて、絵日記みたいだった。図書室で筆談したスケッチブックを思い出す。ハガキなので母が盗み見ては笑いながら届けてくれる。「絵も上手なのね。楽しい絵はがきねぇ。」時々、気付いた事をぼそっとつぶやくようなメールは返事に困るけど、面白い。絵はがきは、引き出しを開けたら目につくところに入れて、眺めてはホッとした。おかげで俺は毎日彼女に会っているような気分でいた。
ハガキのお礼のついでに「今度いつ会おうか?」とメールしたら、スケジュールを書いた事務的なメールが返って来た。前回会ってからそろそろ1週間だったけど、明日明後日はあまり時間に余裕がない。3日後に会おうと提案すると、「了解です。」と返事が来た。相変わらず無愛想なメールが彼女らしい。
その夜、深夜近くになって電話が鳴った。彼女だ。
「どうした?」尋ねると
「別に。」という。
声を聞くのはあの日以来だった。
「こんばんは。」優しく言ってみる。
「こんばんは。」彼女も返す。
「眠れないの?」
「うん。ちょっと。神井くんはまだ起きてた?」
「起きてたよ。本を読んでた。絵はがき楽しいよ。ありがとう。」
「うん。」
「ちゃんと勉強してるか?」
「えへへ。」
窓から夜風が入って来る。月に呼ばれたような気がして俺は窓辺に立った。よく晴れた空に大きめの月が明るく輝いていた。いつも俺達をみていた月。今読んでいる本の話をすると、彼女は相づちをうちながらも、上の空みたいだった。