坂道では自転車を降りて
 彼女の家の前についたので自転車を停めると、彼女は俯いたままゆっくりと荷台から降りた。
「自転車。乗って帰って。朝になったらとりに行くから。」
「そうだな。ありがとう。」
こんな夜中だ。俺自身だって、安全とは言えない。さっさと帰るほうが良いに決まってる。

 彼女は俺のシャツを掴んですがるような目で待っていた。俺に抱き締めて欲しいのだと分かった。
「今日はダメだ。こんなこと二度とするな。」
「はい。」
 下をむいてそう答えると、名残惜しそうにシャツから手を離し、一歩下がった。
「家、入れるのか?」
「うん。多分。」
「ここで見てるから、さっさと入って。」

 彼女はのろのろと後ろを向き、門の前の階段を上がり始めた。門の前で一度振り向いて恨めしそうに俺をみた。
「君がちゃんと玄関の中に入るのを見届けたら、帰るから。」
 できるだけ優しく言うと、彼女は頷いて、丸めた背中を俺に向けて門を開けて家に入って行った。鍵は開いたらしい。
 彼女の部屋の灯りが灯るかと思いしばらくそこで待っていたが、いつまで経っても灯りは灯らなかったので、帰る事にした。

 それにしても、なんだってこんな夜中にあんな所にいたのか。考えなおしてみると、俺に会いたくなって衝動的に来てしまったとしか説明できない状況に、嬉しいを通り越して混乱した。同時に、一方的に叱るだけ叱って、一度も抱き締めもせずに返してしまった事を少しだけ後悔した。だが、どう考えても彼女が正しいとは思えないし、一緒になって道を踏み外してしまったら、2人で転がり落ちるだけだ。俺だけでも冷静でいなければ。

 今頃、暗い部屋で1人で泣いているんだろうか。だとしても仕方ない。甘やかせば、また無茶をするだろう。電話してみようか。いや、それもバツが悪いし、電話口で泣かれたりしたら余計ややこしい。なんだか無性に腹が立ってイライラした。あんな子だったかな。もっと賢くて理知的な娘だと思っていた。こんなに世間知らずで向こう見ずだとは思わなかった。勉強も全然してなさそうだし、先の事を何も考えてない。
 それとも俺が彼女をダメにしたんだろうか。これからどうしたら良いんだろう。考えが纏まらず、途方にくれてしまった。

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