坂道では自転車を降りて

 彼女は目を潤ませて、何度も頷きながら、俺のキスを求めた。遠慮がちに俺の胸に手をあてて。モジモジしているから、腕をとって俺の首に回させる。ギュッと抱き締めると、彼女は戸惑いながらも甘い吐息を漏らした。俺の胸に二つの柔らかい感触が押し当てられる。温かな身体が規則正しく呼吸している。何もかも忘れて、この柔らかい感触にずっと溺れていたくなる。だが、そういうわけにもいかない。

「今日はこれくらいにしとこう。な。」
「うん。」
 本当は俺だってもっとしたいんだ。もっともっと、君が壊れてしまう程に抱き締めたくなるのを、必死で我慢してるんだよ。分かってるか?
「明日の午後もおいで。」
「でも。。」
「大丈夫だから、おいで。」
「本当に?」
「君が1人でいる方が心配で、勉強に集中できないよ。」
「ごめんなさい。ありがとう。」
安心したのか、彼女は俯いて、はにかんで笑った。俺の好きな笑顔。毎日優しくしてあげるよ。臆病な君が安心できるように。君の不安がなくなるように。

「朝は学校に行くんだろ。数学のやり方と、プールの件。聞いといて。」
「はい。」
「俺も学校に行っても良いんだけど。。やっぱり、やめとくよ。」
「そう。」
 俺とはここで会おうよ。俺は、君が目の前にいるのに触れることができないなんて状況は、切なくて、もう耐えられそうにないから。

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