坂道では自転車を降りて

 裏方組も台詞を覚えてたなんて、俺は全然知らなかった。考えてみたら、去年多恵が舞台に立つ事になった時も、彼女はすぐに動いていた。端役だったからじゃなく、流れや台詞はもともと入っていたんだ。なんか、演出してた俺よりも裏方組の方が舞台の事ちゃんと考えているような気がして来た。
 去年、『裏方組のこと、馬鹿にしてませんか?』と織田に言われた事があった。確かに侮っていたかもしれない。こんなにちゃんとやってくれていたんだ。

「ごめんね。頼りにならなくて。音響と照明の子達なら多分、台詞は入ってるんだけど、本番にも仕事があるの。この2人でもできなくはないと思うけど。。その出てこなくなった一年生はどんな子なの?それか大道具の1年に役者も出来そうな子はいないの?」
「あー、乾が、経験者なんじゃないか。中学では役者やってたんだろ?」
「そうだな。出来るかもな。少なくとも俺達よりは上手そうだ。」
「山田はその事知らないのか?」
「どうだろう?知ってると思うけど、忘れてるかもしれませんね。」
「そいつは大道具としてはどうなの?」
「まだまだだけど、熱心ですよ。椎名より役に立ちますよ。」

「だったらやっぱり、椎名、お前が入れよ。」
「でも、俺、ちゃんとした舞台に立った事、一度もないし、発声だってもうずっとやってませんよ。」
「下手でも良いよ。出番は多いけど主役ではないから、なんとかなるだろう。生駒さんが目を覚ましてくれればいいんだ。彼女のメンタルを見てやってくれないか。お前が舞台監督をしてるのは、図面が引けるからじゃないだろ?」
「えー、そんな事できるかなぁ。彼女、美人だけど怖いですよ。ちょっと変だし。」
「ちょうど、お前の好みじゃないか。」
多恵のほうをチラリとみる。
「全然違いますよ。大野先輩はもっと、」
 椎名が口を滑らせて慌てて黙する。多恵は何故ここで自分の名が出たのか解せないのか、きょとんとしている。織田が目を逸らして苦笑いしている。
「ちょっと、勘弁して下さいよぉ。」

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