坂道では自転車を降りて
山田はもう無理だと言った。俺もそう思う。このままずるずる山田を引きずるよりも、さっさと忘れて、新しい恋をしたり、自分の時間を前向きに過ごした方がずっと彼女のためになるだろう。
ふと思う。多恵はどうなんだろう。俺達は何度もすれ違って、喧嘩もして、泣かせて、その度に彼女は俺から逃げようとした。なのにいつも俺が追いかけて、必死で掴まえて、強引に抱き寄せた。
俺達は合わないと北村さんは言う。俺の勝手で、無理矢理続けさせているだけなんだろうか。
多恵は俺に恋している。それはもう疑わない。だけど、その恋に戸惑い、抗い、翻弄されている彼女は、本当に危うくて、見ていて辛い。俺のほうが逃げ出したくなったことも一度や二度ではない。いつか別れる事になるのなら、少しでも早く別れた方がいいのではないだろうか。短い花の命を、17歳の彼女の輝くような高校時代を、俺のためだけに、消耗させてしまって良いのだろうか。
気付くと、生駒さんの泣き声はずいぶん小さくなっていた。俺は言ってやる。
「一度は付き合ったなら山田は共犯だ。君があいつをいくら罵倒しようと、嫌がらせしようと、かまわないと思うよ。君の気が済むまで泥仕合をやればいい。」
告白したのは生駒さんのほうだと言った。共犯にしてしまうのは少し山田が可哀想かもしれない。だが、一時とはいえ付き合ったのなら、それくらい引き受けてやるのが男ってものだろう。
「ただ、他の部員に迷惑をかけるのは君のためにならない。それに、敵前逃亡した男をいつまでも引きずっていたら、君の時間が無駄だ。はっきり言ってもったいない。生駒莉奈の高校2年の9月は一度きりなんだ。」
生駒さんは黙って頷いた。