坂道では自転車を降りて

 彼女の絵は高校生活を描いたイラストだった。演劇部の部室だ。片膝を抱えて椅子に座る男子は川村に似ていた。もう1人、男子が詰め襟を脱ぎながら座ってい る男子に話しかけている。反対側で金槌を手に立ち話している2人は多分、椎名と織田だろう。2人組でパントマイムの練習をしている女子が誰なのかはよくわ からない。脚立の上に座っている女子の太腿。脚立を押さえている男子。台本を手に颯爽と歩く清水先輩の横に鈴木先輩。口論でもしているのか。舞台衣装を抱 えて走る女子が慌てて2人を追いかける。机上にはスケッチブック、ノートパソコン、沢山の台本にノート。窓の外は青空と一筋の飛行機雲。棚の上には何故か ギターを抱えたアンパンマン。床に散らばった図面と赤いリボン。漫画。ペットボトルの空き瓶。隅っこに蜘蛛の巣。細部まで細かく描き込まれていてゴチャゴ チャしているカラフルな部室。彼女の演劇部での思い出の集大成なんだろう。絵の中に彼女がいないのは、多分、これが彼女の視点だから。

  もう一枚も美術室で活動中の美術部の絵だった。中央の舞台に乗った子は既にモデルの仕事を終えたのかリラックスして、友人と話をしている。イーゼルを前に 熱心に絵を描いている女子は彼女によく似ていた。その絵を後ろから覗き込む友達。エプロンをして絵筆を持っている男子と彼の絵に何かコメントしている友 達。水入れを運ぶ男子は床にこぼれた水に気付かない。それを雑巾で拭く女子も穏やかな笑顔だ。美術部ってのはこんな雰囲気の部なんだな。演劇部のほうと比 べて描き込みが少なく、スッキリした印象だ。色味も薄い。全体的に空色で仕上げてあるのに、温かな雰囲気で、時間がゆっくりと流れるような絵だった。

 演劇部の方は見ていて飽きないけど、忙しくてちょっと疲れるな。彼女の二つの部での心情がそのまま表れたような絵だった。どちらも高校生活への想いがギュッと詰まっている。

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