坂道では自転車を降りて

「おーい。起きろ。」
 ほっぺたをつまむと「ううん」とか変な声を出して俺の手を払って、また丸まった。まだ起きないのかよ。あぁもう、どうしろって言うんだ。いたずらしちゃうぞ。
 顔を近づけて温かな吐息を吸い込むと彼女の匂いで肺が満たされる。乱れた髪を避けながら耳たぶに触ると、彼女がまたモゾモゾ動く。俺の心臓がばくばく言って、息が詰まって胸が苦しくなってきた。起きて欲しいような、欲しくないような。これ以上弄ってると、もどかしすぎて、どうにかなりそうだ。

 名残惜しいのを我慢して、強く肩を揺すると、温かな弾力、躯の重みにドキッとした。顔に触れた時とは違う肉欲が、身体の奥の方から迫り上がってきて焦る。こんなつもりじゃないのに。やばい。早く目を覚ましてくれ。ドキドキと見守ると、彼女はゆっくりと目を開けて、俺をみて笑った。

「おはよう。」
俺は興奮を悟られぬように、素知らぬ顔で声をかけた。
「おはよう。えへへ。お布団。温かいね。」
「ゆうべ寝てないの?」
「ううん。ちゃんと寝たんだけど。あんまり気持ちよかったから。」
彼女は身を起こして、しょぼしょぼの目をこすりながら笑った。制服のままだ。

「神井くん今帰ったの?」
「ああ、雨だったから本屋に寄ったんだ。君は学校から直接来たの?」
「うん。」
「なんだよ。学校で待っててくれたら良いのに。」
「ごめんね。部屋で勝手に寝てて。あー、スカートがシワシワだぁ。まいったなぁ。」
 足下の布団を持ち上げて覗き込んで、呑気なことを言っている。本当に危機感がない。

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