坂道では自転車を降りて

 彼女に触れるのは久しぶりだった。ゆっくりと、そっと彼女の手を取り引き寄せると、彼女も俺に身体を寄せ、首に手を回して抱きついてきた。彼女の背中に手を回し、そっと抱き締める。細くて柔らかい身体の感触にクラクラする。彼女は俺の首筋に顔を擦り付けて、頬擦りを繰り返した。俺は彼女を抱いたまま仰向けに倒れた。本当に一体どうしたって言うんだ。熱くなり始めた下半身をなだめながら、彼女の背中をさすってやる。
 彼女はそのまま、全ての体重を俺に預けてきた。温かな重みが気持ちいい。しばらくそのまま抱き締めていると、彼女が、俺の上で動いて俺にキスし始めた。何度も何度も角度や場所を変えながら、唇のあちこちをついばむようにキスを繰り返す。あまりの気持ちよさに俺は全身の力を抜いた。しばらくキスを繰り返すと、彼女は俺の胸に降りて、心臓の音に耳をすませる。

「心臓の音がする。」
「あたりまえだ。してなかったら大変だ。笑」
「力強い音。あったかい。」
「生きてるからな。」

しばらくそうやって2人で寝転がっていたら、彼女がまた口を開く。
「神井くん。私を抱いて。」
抱いてって、その抱くか?思わず彼女に視線を向けると、彼女が頷く。
「あぁ、抱くよ。3月には必ず抱くよ。」
「今」
「今?」
「今、抱いて。お願い。」
 今って、今ここでって意味だろうか。いや、さすがに今ここでは無理だろ。下に母さんがいるし。もうすぐテーブルに俺の夕飯が並び始める頃だ。

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