坂道では自転車を降りて

 彼女は鞄からドリルを出して勉強し始めた。私立の合格を決めてもちゃんと勉強道具を持ち歩いている。彼女自身もまだ諦めていないのだ。
 彼女が俺の隣で勉強する風景にも、すっかり慣れてしまった。4月からの俺達にはどんな生活が待っているんだろう。高校までとは違う広い世界。様々な出会い、新しい自分。2人で過ごせる時間は確実に減るだろうし、きっと彼女は変わって行く。俺もきっと変わって行く。でも、今こうやって隣で勉強した時間が、多分、未来の2人の絆になる。俺はやっと先輩や川村を追い越したような気がしていた。

 ふと、俺がテキストから顔を上げると、彼女は唇を尖らせてドリルに取り組んでいた。こういう顔をしている時の彼女は、すごく集中していて、俺が席を立って部屋を出て行っても気付かないことさえある。なんだか嬉しくてずっと見ていたくなる。
 少しすると、一区切りしたのか彼女が顔を上げた。俺と目が合うと、はにかむような笑顔をみせる。
 
「何?」
「いやちょっと、見とれてただけ。」
「変なこといわないで。」
彼女は困惑して、怒ったような表情になる。
「だって、本当のことだもん。」
俺がいうと、目を逸らして黙り込んでしまった。こういうの本当にダメなんだなぁ。俺はそういう男慣れしてない彼女が好きだけど、こんな娘が、男ばっかりの理学部なんかに進学してしまって、大丈夫なんだろうか。

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