烏藍婆那
『お、落ち着け。寝取ったわけではない。その……元々紗枝の母君とは、恋仲であったのだ』

「なのに何で一緒にならなかったの!」

『わしが病に倒れたからだ』

 ぴた、といい加減疲れてきた足を止める。
 恐る恐る、という風に、八郎が顔を上げた。
 イケメンの怯えた表情というのは、そそるものですなぁ。

「病気になったからって、仲を引き裂かれたの?」

 すとん、と座ると、やっと八郎は起き上がって座り直した。

『労咳は死の病。そんな者のところに、大事な一人娘はやれんだろ』

「わかってんじゃない」

『ああ。だから、未練はない、と思っておった』

 ふむ、と項垂れる八郎を見る。

『大体わしは、長男でもない。元々母君と添い遂げることなど無理だった』

「わかってんなら、手ぇ出すんじゃないよ!」

 ばん! と机を叩くと、あからさまに八郎がビビる。
 その腰の刀は飾りか。
 抜かれても困るけど。

『そうは言っても、人の心は簡単にはいかん』

 苦しげな表情になる。
 駄目だって、その表情。
 憂いを帯びたイケメンほど破壊力のあるものはないんだから。
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