甘い恋の賞味期限
*****

「なぁ、静子。ホットケーキって、どうやって作るんだ?」

 土曜日のお昼前、千紘はスマホの画面を見つめていた。相変わらず、画面にはホットケーキ。
 そのうち、待ち受けにでもしそう。

「そうですね〜、ホットケーキミックスを使うのが、1番簡単だと思いますよ。食べたいんですか? 坊ちゃん」

 史郎史朗宅に通う家政婦は、若い20代の女性。
 それなのに、5歳の男の子に呼び捨てにされても、気にした様子はない。

「親父が作ってくれないんだ。……しょーまが言ってた。母ちゃんの作ってくれるホットケーキは、すごい美味い、って」

 生まれてからずっと、千紘が食べているのは家政婦の料理。
 時折、祖母が作ってくれたりもするが、それは【母の味】ではない。
 どんな味がするのだろう?
 お母さんのホットケーキって。

「……なぁ、静子。ホットケーキミックス? それって、どこに行けば買えるんだ?」

「スーパーに売ってますよ。後で買って、作ってあげますね」

 そう言って、静子は洗濯物を干しに向かう。
 ひとりになった千紘は、自分の部屋へ向かって駆け出す。

「こんだけあれば、買えるよな」

 鍵付きの引き出しから取り出したのは、1万円札が2枚。お正月にもらったお年玉は、この2万円を除いてすべて、父親に取られた。
 実際は貯金に回されたのだが、千紘からすれば奪われたも同然だ。

「親父が作ってくれないなら、オレが自分で作る!」

 強い覚悟と共に、千紘は2万円をポシェットに押し込む。念のため、スマホの電源は切っておいた。

「静子はうるせーからな」

 スーパーなら、静子と何度か行ったことがある。マンションの近くだったし、簡単だ。
 千紘は意気揚々と、外へと飛び出した。

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