甘い恋の賞味期限
「え? ちょ、ちょっと……」

 そんな顔、今までしたことないのに。
 さすがに心配になってしまう。日頃は生意気だが、千紘はまだ5歳なのだ。厳しいことを言えば、傷ついてしまうこともある。

「じゃあ、一緒に行ってくれるか?」

「え〜っと……それ、は」

「うぅ……」

「わ、分かった。行くから!」

 父親と祖父母の前で、千紘を泣かせるのはマズイ。仕方なく頷けば、千紘は一瞬で笑顔になる。

「行こうぜ、千世!」

「……君、もしかして……」

 今の泣き顔は、演技だったのか?
 千紘に手を引っ張られ、千世は疲れた様子で会場入りする。5歳児と侮ったばかりに……。

「すみません、先に行きます」

 千世が心配になり、史朗は駆け足で会場へ戻る。

「よく分かりませんが、随分と千紘くんが懐いているようですね」

「そうなんです。主人の会社で働いてる方なんですよ」

 薫子は、実に楽しげだ。勝彦は、そんな妻をなんとも言えない表情で見つめている。
 勝彦の本心からすると、薫子にもう少し控えなさい、と言いたいところ。
 だが勝彦には、前科があるのだ。息子の史朗を、望んでもいない相手と結婚させたと言う前科が。

(だが、薫子ももう少し自重した方がいい。どう見ても、あの槙村という娘さんは史朗に興味がない)

 以前、成り行きを見守ろうと言ったのに、目の前に【可能性】が見えると我慢できなくなってしまうようだ。
 それは直すべき、悪い癖。

「……はぁ」

 妻の楽しげな様子を見守りつつ、勝彦は先程の千世と千紘を思い出す。
 確かに、千紘は彼女に懐いている。
 それは疑いようのない事実だ。
 でも、その事実は千世と千紘との間でのこと。

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