甘い恋の賞味期限
*****

 土曜日のお昼過ぎ、千世は電話の音で目覚めた。

「…………はい」

『千世ちゃん? 今からお店に来れる?』

 電話の主は、母親だった。25の娘をちゃん付けで呼ぶとは……。

「何かあったの?」

 のろのろと起き上がり、目覚ましを見る。
 どうやら、電池が切れていたらしい。

『それがね、店に男の子が来てるのよ』

「男の子?」

『5歳くらいかしら? スーパーでひとりみたいだったから声をかけたんだけど、うちまで連れて来ちゃったのよ』

「……母さん、今なんて言った?」

 連れて来ちゃった?
 冗談でしょ?
 それって、世間では誘拐と呼ぶのでは?

『おうちのこと聞いても、教えてくれないの。どうしたらいいと思う?』

「母さん、今からそっちに行くから。いい? 何もしないで、お願いよ」

 電話を切り、千世は慌てて着替える。驚きすぎて、眠気もすっかり覚めた。




 実家の喫茶店【スピカ】は、大繁盛しているとは言えない。
 けどコーヒーは美味しいし、軽食も悪くないから、経営ピンチには陥っていない。今日までは。

「母さん!」

 喫茶店のドアを乱暴に開ければ、常連のお客さんが驚いたようにこちらを見る。
 そんな視線を無視して、カウンターに立つ父親の元へ向かう。

「母さんは?」

「奥にいるよ」

< 11 / 105 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop