甘い恋の賞味期限
 自分の妻が誘拐まがいのことをしてるかもしれないのに、この落ち着きよう。怒りが湧き上がってきそうだが、ここは耐える。
 今は、現状把握が最優先だ。

「母さん!」

 奥の部屋へ上がれば、そこには呑気にお茶を飲む母と、知らない男の子がいた。

「千世ちゃん、早かったのね」

「早かったのね、じゃないわ。どういうこと? この子、どこの子?」

 オレンジジュースを飲む男の子は、本当に見たことがない。
 この辺りの子だろうか?

「おい、ホットケーキはまだかよ」

「…………」

 ジュースを飲み干し、男の子がそう言った。
 なんだ、このガキ。

「もうちょっと待ってね。お父さん、今は忙しいから」

 お昼の時間が、1番お客さんが多い。コーヒーの注文も多くなるから、ふたりとも店にかかりきりだ。

「千世ちゃん、後は頼んでいい?」

「え、あ……うん」

 正直、関わりたくはない。
 さっきの一言で分かった。
 この子は、小生意気だと。

「……君、名前は?」

「千紘。……ホットケーキが食いたいのに」

 千紘と名乗った男の子は口を尖らせ、不満そう。

「親御さんが心配してる。家はどこ? 送って行くから」

「イヤだね。オレはホットケーキを作るんだ」

 取り出したのは、近所のスーパーの袋。中にはホットケーキミックスが入っている。

「そんなの家でしなさいよ。ホットケーキくらい、お母さんが作ってくれるでしょ」

「…………」

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