甘い恋の賞味期限
「いひゃい! いひゃいぞ、ひせっ」

「ごめんなさいは?」

 両方のほっぺをみょーんと伸ばせば、千紘の顔はブサイクに早変わり。

「生意気な口をきいて、ごめんなさい、千世さん。はい、言って」

「ひ、ひへるか! いひゃい、ひへ!!」

 母親が心配そうに、オロオロしている。父親は楽しそうにしているし、常連のお客さんも止めたりしない。
 この場は完全に、千世の味方。
 だが、千紘は意地として【ごめんなさい】も、【千世さん】も言わなかった。

「まったく、ホントに生意気な子ね、君は」

「い、いてぇ……」

 ようやく解放された千紘は、痛むほっぺをさする。
 こんなにもほっぺたを遠慮なしに引っ張られたのは、初めての経験だ。

「このボーリョク女!」

「まだ言うのか、この口は」

 千世が襲うように手を上げれば、千紘はファインティングポーズを取る。迎え撃つ覚悟らしい。

「……って、ふざけてる場合じゃないわ。ほら、行くわよ」

「ボーリョク女にラチられる〜」

 拉致の意味を分かっとんのか、このガキは。
 千紘の小さな手を握り、千世は喫茶店【スピカ】を出て行く。



 千紘の住むマンションは、スピカの近くにあった。歩いて10分の距離。
 このマンションとスピカの中間地点に、母と千紘が出会ったスーパーがあるわけだ。

「……でか」

 驚くことに、千紘の住むマンションは周りのマンションと比べるまでもなく高い。駅近だし、絶対に家賃は高いはず。

「ホントに、ここに住んでるの?」

「あぁ。これがカギだ」

 取り出したのは、カードキー。
 やっぱり、お高いマンションは鍵からして違うのか。

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