甘い恋の賞味期限
「……わかった」

 不満そうだが、千紘は大人しく自分の部屋へ戻る。

「武内さん、千世って言うのは誰の事ですか?」

「そ、それは……」

「別に、外へ連れ出した事をとやかく言うつもりはありません。けど、知っておきたい。父親なんだから」

 日頃、帰りは遅しいし、たまの休みだって仕事になったりする。親子としての時間なんてロクに過ごしちゃいないが、それでも自分は父親だ。息子の事は、どんなくだらない事でも知っておきたい。

「……わ、私の知り合いなんです」

「知り合い?」

「はい」

 史朗は腕組みをし、静子を見つめる。彼女が務めて、半年。
 ずっと通ってくれていた家政婦のおばさんが引退したため、後任として派遣された。若いので心配していたが、これといった事件もない。
 そんな彼女が知り合いと言うのだから、信じるべきなのだろう。

「わかりました。……もう遅い。送って行きたいんですが、千紘が待っているので」

「いえ、電車もありますし、歩いて帰れます」

 静子は上着を羽織り、バッグを持って玄関へ向かう。
 それを見送り、史朗は息子の部屋へ。

「千紘。……寝たのか」

 部屋へ行くと、千紘は既に眠っていた。手にはしっかりと、スマホが握られている。
 きっと、史朗に見せるため頑張って起きていたのだろう。

「ホットケーキ、か」

 撮った写真には、すべてホットケーキ。時々、息子の小さい手じゃない、大人の手が映り込んでいる。
 これは、静子の手じゃない。彼女はいつもマニキュアを塗っているが、写真に映っている爪は、マニキュアを塗っていないから。

「……そう言えば、この手のホットケーキは食べた事ないな」

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