甘い恋の賞味期限
 千紘は駆け足で、トイレへと駆け込んだ。ポケットに入れておいたスマホを取り出し、番号を探す。

「……千世か? あのな、今オレめっちゃ高いレストランにいるんだぜ」

『へぇ、自慢したくて電話してきたのか、君は』

 電話の向こうの千世は、何かを食べているようだ。咀嚼音が聞こえる。

「何食べてんだ?」

『何って……普通に味噌汁と白飯よ。君みたいに、お高いお肉は食べれないの。貧乏人だからね』

「……オレも、そっちがいいな」

 千紘の声に、元気がない。顔は見えないが、千世にも分かる。

『どうでもいいけど、レストランの中で電話していいの?』

「今トイレの中」

『出なさい。利用客の迷惑よ』

「でも今、親父はみあい相手のおんなと会ってるし……」

 なるほど、元気がないのはそのせいか。電話越し、千世はため息を漏らす。

『千紘。今会っている人が、君のお母さんになるかもしれない。駄々こねてないで、ちゃんと向き合いなさい』

「……オレ、なんかお腹痛い」

 仮病か?
 いや、電話越しでは判断できない。実際、今トレイにいるわけだし。

『なら、お父さんに言いなさい。明日になっても痛かったら、病院に連れてってもらうのよ? いい? あと、冷たいものは控えてーー聞いてる?』

「うん、聞いてる。……やっぱ、千世がオレの母ちゃんになればいい」

『……今は忘れなさい。お父さんも、きっと色々と考えて、千紘に会わせてるのよ』

「よく分かんねぇ。けど……分かった」

『来週の土曜、ちゃんとケーキ作っておくから』

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