甘い恋の賞味期限
 聡太に言われ、千世は自分のデスクに戻る。スマホを手に取れば、画面には【千紘】の名前。

「昼間は仕事してるって言っておいたのに」

 出ないでおこうかとも思ったが、昨日の電話を思い出した。千紘はお腹が痛いと言っていたし、その後の調子を把握しておいてもいいだろう。

「もしもし? 今仕事中だから、手短にーー千紘?」

『……おなか、いたい……』

「……お父さんは?」

『……ちせ……いた、い……』

 これは、とても危険な状態かもしれない。いろんなことが、頭の中で駆け巡った。

「今からそっち行く。電話、一旦切るわね」

 手早く電話を切ると、千世は着替えもそこそこに帰り支度を始める。

「部長! 槙村、早退しますっ」

「了解〜」

 軽いノリで許可をもらい、千世は急ぎ足で総務部を出て行く。

「桂木。社員旅行の案内作成、頼んだぞ」

「え? あ、はい」

 聡太は立ち上がると、千世のデスクから過去の資料を取って来る。

「槙村さん、あんなに急いでどこに行くのかな?」

 ファイルを開きつつ、先程、千世が出て行った総務部の出入り口を見つめる。
 あんなにも慌てる千世、はじめて見たかもしれない。

「こんな時に限って、エレベーターは最上階……っ」

 仕方ない、階段を使おう。
 千世は駆け出した瞬間、人にぶつかった。

「あ、すみませんっ」

「ちょっと! ちゃんと前を見なさいよ、あなた」

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