甘い恋の賞味期限
 これは、偶然と呼ぶべきなのだろうか?
 だがしかし、自分が間宮グループで働いていることを知られてはならない。色々と、面倒になるから。

「もしかして、千世さんですか?」

「は、はい! ……お、小山田です」

「電話では、槙村と仰っていたようですが……」

 つい偽名を使ってしまったが、すぐにバレてしまった。本名を知られてしまったら、社員だと知られてしまうかもしれないから、とついた嘘だったのに。
 クソッ! 失敗だっ。

「ま、まぁ……私の名前は置いておいて。これ、入院の書類です。それからーー」

 父親が専務だと知ってしまったのだ。さっさとおいとましよう。手早く説明を終えようと思ったら、史朗によって遮られた。

「すみません。少し、武内さんと話をしたいので、待っていてもらえますか?」

「え? あ……じゃあ、売店にでも行ってきます。ご、ごゆっくり」

 先に千世の話を聞いてからでもいいと思うのだが、正体を秘密にしておく為にも、余計な会話は避けよう。
 千世は逃げるように、病室を出て行った。

「外へ出ましょう、武内さん」

「……はい」

 病室で騒げば、千紘が起きてしまう。
 静子は大人しく廊下へ出るが、ずっとうつむいたまま。

「武内さん。どうして千世さんが、一緒にいるんでしょうか?」

「そ、それは……」

「俺はあなたに、千紘を病院へ連れて行って欲しいと頼みました。それなのに、電話してきたのは武内さんじゃなくて千世さん。これは、どういうことですか? しかも、千世さんは制服のままみたいですし……」

 そこまで言って、史朗はある事に気づいた。

(あの制服は、うちの会社の……いや、今はそんなことどうでもいい)

 気づいた点は、後々考えることにしよう。

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