甘い恋の賞味期限
「武内さん。あなたは家政婦だ。仕事とは言え、私生活だってある。無理な時は無理だと断ってくれて構わない」

 史朗自身、静子に甘え過ぎていると自覚している。頼んだ時、彼女はいつも断らないから、調子に乗っていたのかも。

「そんなことないです! 私、この仕事好きです」

「この仕事が好きなら何故、千紘はあんな状態なんですか?」

「…………」

 言えるはずがない。友達とカラオケに行きたくて、出かけていたなんて。
 その事実を知れば、今まで築き上げたものが一瞬で崩れ落ちてしまう。

「…………すみません。家政婦は、新しい方を探します」

「が、頑張りますから! こんなことが2度と起きないように、私……」

「いえ、もう決めたことです。あなたは若く、これから先のことを考えれば、家政婦の仕事に縛り付けておくのは酷だ。それに、千紘は手がかかる」

 やはり、必要なのは家政婦じゃなくて母親だ。ベッドに横たわる千紘を見て、今日ほど強く思ったことはない。

「ま、間宮さん……私、辞めたくありません……」

 ポタッと廊下に落ちたのは、静子の涙だった。
 だが涙を見ても、史朗の心はちっとも揺らがない。昔から、感情の起伏がまったくないのだ。

「気をつけますから!」

「……考えは変わりません。明日からは、来なくていいです。鍵を」

「…………」

 静子は涙を流したまま、ポケットからカードキーを取り出す。
 これを返したら、もう間宮家とはなんの関わりもなくなってしまう。仕事だけの関係でも、繋がっていたかったのに。
 いつか、この関係が変わると信じていたのに。

「今まで、ありがとうございました」

 史朗は儀礼的に頭を下げると、病室へと戻っていった。


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