甘い恋の賞味期限
*****

 病院の売店で、千世は買う物を選んでいた。
 千紘は軽い脱水症状もあったと言われたし、飲み物も買っておこう。

「お腹空いたけど……」

 病院の売店に売ってある物は、お菓子が多い。パンも売っているが、これじゃあ今の空腹は満たされたない。

(帰りにコンビニにでも寄ろうかな。いや、早退しちゃったし、実家で食べて帰ろうかな)

 制服のまま来てしまったから、着替えないとだし。実家に帰れば、自分の服もある。

「制服のまま……はっ!」

 今気づいた。
 さっき専務と会った時、自分は彼の会社の制服を着ていたわけで、社員全員の顔は覚えていなくても、女性社員の制服は知っているだろう。

(き、気づかれた……。ううん、別に個性的な制服じゃない。大量生産できる、地味で面白味もない制服だもの。気づくはずがないわ)

 酷いことを言っているが、これが彼女の正常運転。思考はなるべくポジティブな方向へ向けなければ、思考の泥沼にどんどんハマっていってしまう。

「……キャンディでも食べれば、空腹がまぎれるかも」

 手に取ったキャンディは、たくさんの味が入っている。ひとつの味を食べ続けるもいいが、こういった味を選べるキャンディも好き。
 千世はふと、腕時計に視線を落とす。売店に来て、10分経ったか経たないかといったところ。話は終わっただろうか?

「鉢合わせはしたくないわ……」

 だが、戻らないわけにもいかない。バッグは病室に置いてきてしまっているし。買い物を終えると、千世はなるべくゆっくりと時間をかけて、病室へ戻ることにした。




 病室に戻れば、そこに静子の姿はなかった。
 史朗はベッドで眠る千紘を、心配そうに見つめている。
 その姿は、間違いなく父親だ。大企業の専務ではない。

「よ、よかったらどうぞ」

 話しかけるきっかけを考えた挙句、缶コーヒーを渡すことにした。好みは分からなかったが、ブラックなら大丈夫だろうと思う。
 千世は缶コーヒーは好きじゃないが。

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