甘い恋の賞味期限
「プライベートの番号です。何かあれば、連絡を」

「…………あ、あははは」

 受け取らなければよかった。誰が好き好んで、自分が働く会社の専務の番号を知りたがる?
 千世は笑って、自分の感情を誤魔化す。

「本当に、送って行かなくて大丈夫ですか?」

「大丈夫です。千紘くんに、よろしくお伝えください」

 千世はペコッと頭を下げると、不自然じゃないくらいの速度で、その場から離れる。
 そんな千世を見送りながら、史朗はその足で病院の受付へと向かった。




*****

 実家で着替えを終えた千世は、そのまま久しぶりに実家へ泊まることにした。ひとり暮らしだと、なんでも自分でしないといけないが、実家にいると母親がやってくれるから、ついダラける。

「千世さんは、本当にレモンが好きですね」

「ん?」

 居間で料理本を眺めていたら、父親の千陽に手元を指摘された。
 千世のすぐ側には、昼間、病院の売店で買ったキャンディの袋がある。

「他の味も好きだけど……キャンディはレモンばっかり食べてるわね、確かに」

 空の袋は、レモンばかり。多分、大元の袋にはもうレモン味は入っていないだろう。

「千世ちゃん、本当に具合悪くないの? 会社を早退するなんて……」

 洗濯物を取り込んだ咲世子が、今日3度目となる言葉を投げかける。説明が面倒だったから、適当に誤魔化していたのだが、咲世子はずっと聞いてきそう。

「千紘が病気で、病院に連れて行ってたのよ」

「千紘くんが? 大丈夫なの?」

「うん。……今日は、疲れたわ」

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