甘い恋の賞味期限
「早く! 専務に見られちゃうでしょ!」

 動かない千世に痺れを切らし、秘書が強い口調で急かす。

「…………」

 引き下がるが勝ち。
 ならば、こぼれたコーヒーの片付けも引き受けるべきだろうか?
 千世は給湯室に引き返し、布巾を取って来る。

「早くしてよ」

「じゃあ、自分でやったらどうですか?」

 思わず、本音が出てしまった。気づいた時には既に遅し。
 コーヒーをこぼした秘書が、すごい目でこっちを見ていた。

「あのね、私は雑用ばかりのあなたと違って、毎日重要な仕事を任せられてるの」

(失敗した〜……私のバカ)

 一言多いと、子どもの頃から言われ続けてきた。
 それが原因で、招かなくてもいい面倒事を招いてきた。
 なので中学に入る頃から、座右の銘は口は災いの元。両親からも、口はしっかりと閉じてなさい、と耳にタコが出来るくらい言い聞かされてきた。
 それなのにーー。

「電球替えたり、コピー用紙を補充するだけでお給料がもらえるなんて、気楽で良いわよね」

「なら、君もその気楽な部署へ移るか?」

 聞こえたのは、男性の声。記憶が確かなら、今の秘書室にいるのは女性だけ。男性の声がすると言うことは……。

「せ、専務……」

 コーヒー秘書の顔が、一瞬にして青ざめる。目の前にいるのは、我が社の専務取締役ーー間宮 史朗。留学経験有りで、次の社長。クールなポーカーフェイスで何を考えているか分からないが、見目の良さから女子社員の人気はかなりのもの。

「コーヒーの片付けは、総務部の仕事じゃない。こぼした君の責任だ」

「は、はいっ」

 先程までの強気な発言が嘘のように、コーヒー秘書は畏縮してしまっている。

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