甘い恋の賞味期限
「あ、お帰り、槙村さん。専務、なんの用件だった?」

 総務部に戻ると、1番に聡太が心配してくれた。
 千世は袋をデスクの下に押し込むと、盛大なため息をつく。

「疲れました……」

「そんな顔してるね。仕事では失敗してないし、専務の呼び出し理由が分からなくて……」

 心配してくれる聡太に、千世はうまい言い訳を考える。上手な嘘は、少しばかりの本当のことを混ぜるのだ。

「先日、専務を偶然助けまして。そのお礼を言うために呼ばれました」

「そうなの? ふ〜ん。何で助けたの?」

「……し、私生活、ですかね」

 自分の嘘スキルは、あまり高くないようだ。聡太でなければ、多分、追求されていた。

「槙村、来月の社員旅行は温泉に決まったぞ。お前は来るのか?」

 総務部部長が、昨日、聡太が作った案内を手渡す。本当は、千世が作るはずだった案内だ。

「う〜ん……パスします」

 社員旅行は、新入社員でない限り、参加は各々自由。行くのも行かないのも、本人次第だ。
 千世は入社した年と、去年しか行ったことはない。楽しくないわけではないのだが、疲れるのだ。

「ま、強制はできないしな。土産は買って来てやる」

「ありがとうございます、部長」

 食べ物がいいですと、さりげにリクエストしておいた。

「僕も買ってくるよ」

「ありがとうございます。楽しみにしてますね」

 温泉に行くなら、ゆっくりと少人数で行きたい。
 千世は足元の袋を気にしながら、午後も忙しなく働いていた。

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