甘い恋の賞味期限
「どう、か……。すまないが、家政婦としか思っていなかった」

 彼女へ抱く想いなんて、それだけだ。仕事をしてくれれば、それでいい。
 それ以外の感情なんて、持ち合わせていない。

「今からでも、変わらないですか? 私、坊ちゃんの……千紘くんのお母さんになる覚悟もあるんですっ」

「…………君を、千紘の母親にするつもりはないよ」

「どうして、ですか? 半年間、ずっとお世話してきましたし、きっと千紘くんもーー」

「武内さん。あなたは千紘の母親にはなれない。あなた自身が、よく分かっているはずでしょう?」

 史朗の指摘に、静子は唇を噛む。
 そう、彼女はよく分かっている。自分が好きなのは史朗であって、息子の千紘ではない。仮に結婚までこぎつけても、静子が千紘を愛するかどうかは分からない。
 だって半年間側にいたのに、彼女は今も、千紘を愛してはいない。好きな人の息子なのに。

「帰ってください。もう遅い」

「好きなんです!」

 マンションへ入ろうとした史朗の背に、静子が抱きつく。お互いがこんなにも密着したのは、はじめてだ。
 だが、史朗の心は凪のように穏やか。

「離してくれ。迷惑だ」

 キッパリと言い切る史朗に、静子はまた、泣いてしまった。

「どうしてですか……こんなにも好きなのに……」

「君に問題があるわけじゃない。問題があるのは多分、俺の方だ」

 生まれてこの方、他人を愛したことはない。家族は大切で、ひとり息子はもちろん愛している。
 だが、他人には特別な感情を抱いたことがないのだ。
 まるで、病気にでもかかっているかのよう。

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