甘い恋の賞味期限
「調理師免許持ってるんだっけ?」

 心晴の問いに、千世は頷く。短大に通おうと思っていたのだが、手に職を持っていたと方がいいと思い、調理師学校を選んだ。
 とは言え、レストランで働きたかったわけでもない。
 なので、企業に就職する道を選んだ。配属されたのは、調理師免許を全く必要としない総務部だったが。

「……そう言えば、専務と会った」

「マジ? イケメンだよね、うちの専務」

 食べ終えた千世は、お弁当箱を片付け始める。千世も心晴も、食べるスピードは人並みだが、愛菜は遅い。
 いつも、愛菜が食べ終わるのを待つ。

「でも、バツイチなんだよね」

「へぇ〜」

 それは知らなかった。
 けれど、納得もできる。現在はフリーだから、秘書のお姉様方があんなにも騒いでいたのだ。

(未来の社長夫人を狙ってるわけだ)

 プライドの高い秘書室のお姉様方は、一般社員は眼中にない。求める理想が高くて、それ故に自分磨きに余念がない。溢れ出る自信の根拠は、そこにある。

「なんで離婚したんだろ?」

「わかんない」

 ふたりの会話を聞きながら、千世は食堂の窓に目を向ける。春晴れのいい天気だ。
 こんな日は、のんびりとお昼寝するのがいい。

(……明日、実家に顔出さないと)

 大きなあくびをすると、目尻に涙が浮かぶ。
 土日は、実家に顔を出して喫茶店の手伝いをしている。お給料はもらっていないが、会社にバレると面倒。
 それでも続けているのは、結局、あの喫茶店が好きだから。

「……継いでも良かったのかな」

 会社で嫌な事がある度、そう思う自分がいる。
 でも、働くってこういうこと。良いことばかりじゃない。
 だから今日も我慢して、総務部の内線を取るのだ。

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