甘い恋の賞味期限
「何? 知り合いでも……って、専務!」

 千世の視線を追った先には、遠目か、もしくは写真でしか見たことのない専務様がいた。心晴が分かりやすい態度で驚いている。

「び、ビックリした……。なんで、こっち見てるんだろ?」

 こっちは向こうを知っているが、向こうがこっちを知っている可能性はゼロ。
 それなのに、史朗はこちらをジッと見つめている。

「心晴、先に帰ってて。私、お手洗い行って来るから」

「一緒に行くわよ。私の責任なんだし……」

「気にしないで。それに、スマホ鳴ってるし」

「……分かった。この埋め合わせは、必ずするから」

 鳴り続けるスマホを取り出し、心晴は先に帰って行く。電話の相手は、先程会った友人だろう。
 ものすごい勢いで、怒鳴っている。

(さてと……とりあえず、ほっぺた冷やさないと)

 史朗の存在を無視して、千世はお手洗いへ向かう。関わってはいけない。
 そう自分に言い聞かせ、史朗の隣を通り過ぎようとした瞬間、手首を掴まれた。

「ーー!!」

 手首を掴まれたまま、千世はピタリと動きを止める。
 この展開は、予想していなかった。

「こ、こんばんは。奇遇ですね……」

 愛想笑いを浮かべて見せれば、史朗がほんのりと赤い千世の頰に手を伸ばす。

「わ、分かります? そんなに痛くはないんですけど……」

「叩かれたのか?」

「…………あはは」

 触れられる瞬間、千世は思わず1歩後ずさる。

「酒癖の悪い人だったみたいで、何杯目かのビールを止めようとしたら、叩かれました。乗り気じゃ無かったんですけど、やっぱり来ない方が良かったですね」

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