嘘とワンダーランド
課長はやれやれと言うように息を吐いた後、わたしに歩み寄ってきた。

そうだ、逃げなきゃ。

この場から立ち去るために足を動かそうとしたけど、課長がそうさせてくれなかった。

トンと、課長は壁に手をつくと、覗き込むように顔を近づけてきた。

「――お前さ…」

課長が言った。

眼鏡越しの瞳がわたしを見つめてきた。

「お前さ、旦那がいる前で堂々と浮気しようとしてんじゃねーよ」

「――ッ…」

やっぱり、見られてたんだ…!

そう思ったら、両手で顔をおおって隠したくなった。

「見てたんですか…?」

呟くように聞いたわたしに、
「正確に言うならば、聞こえてたって言う方が正しいな」

課長が答えた。

「立ち聞きなんて、質が悪いですよ」

せめてもの抵抗としてそう言ったわたしに、
「話を変えようとするな」

課長が言い返した。
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