嘘とワンダーランド
「若菜」

課長がわたしの名前を呼んで、わたしのところに歩み寄ってきた。

「正文さん…」

わたしが名前を呼ぶと、
「うん、いい子だ」

そう言って課長は、わたしの頬に手を当てた。

課長の顔が近づいてきた瞬間、わたしは目を閉じた。

「――ッ…」

唇に触れた温かい感触に、これが課長と交わす初めてのキスだと言うことを知った。

その感触が離れたのと同時に目を開けると、眼鏡越しで微笑んでいる課長がいた。

「初めてだな、若菜とキスしたの」

そう言った課長に、
「――そ、そうですね…」

わたしは呟くように返事をした。

結婚から半年が経って初めてキスをするなんて、何だかおかしなものだ。

思いが通じあうまでの時間が長かったから、仕方がないことなんだけど。
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