青
結局彼女は、意味がわからないといったような表情で、「今日はもう帰るわ。熱、計ってみたら?」とだけ言って去っていった。
"わかってるよ。これは比喩。
好きな人のそばにいると、自然と好きな人の仕草とか考えとかが移るんだよ、っていうことの比喩"
空が青い。
あの子の声が、ふと浮かんだ。
俺も、海になれば、全て、空色に染まれるだろうか。
一足ずつ、海の中へ進んで行く。
青い世界に入り込んだ自分は肌色で、海に、お前はまだ全然空色じゃないんだと、責められているようだった。
「そうだよな。ずっと、見つめてなきゃな」
これ以上は行ってはいけないと示す浮き具まで泳いで行き、それに捕まりながら、空を仰ぐようにして、海面に浮かんだ。
「…ああ、空が綺麗だ。」
息を思い切り吸う。
ああ、空が綺麗だ。
息を吐く。
ああ、空が綺麗だ。
息を止める。
ああ、空が綺麗だ。
浮き具から手を離す。
ああ、空が綺麗だ。
身体が徐々に沈んでいく。
ああ、空が綺麗だ。
息が苦しくなってくる。
ああ、空が、綺麗だ。
視界が霞んでいく。
ああ、君のいる、空が、綺麗だ。
fin.