きみの幸せを願ってる
Ⅰ
気がつけばいつも、きみは隣に立っていた。
「隣、座ってもいいかな?」
少し不安そうに首を傾げるきみを、俺はいつも怪訝な顔で見つめてた。
そして、黙って頷いてから、隣の椅子を引いてやる。
「ありがとう。前の席じゃないと、私目が悪いから、見えないの」
大学の講義室。
どの席に座るかは自由なのに、同じ授業のときは、いつもきみは俺の隣に座っていた。
どうしてわざわざ俺の隣に座るのだ、と首をかしげる俺に、目が悪いときみは言い訳を繰り返す。
「工藤くん。レポートやった?」
「……ああ。一応」
理工学部という女子が少ないこの学部の授業では、きみの可愛い声はよく響く。
その声をすぐ隣で聞けるのは悪くはないから、いつでもきみに隣の席を譲る。
大学に入学して、3ヶ月。
俺の隣は、すでにきみの特等席だ。
「あ、今度の教職の授業さ。読書レポートやらなきゃいけないんだよね?」
いつも話しかけるのは、きみのほう。
俺は元が無愛想で口下手だから、何も言わない。
聞かれたことに、言葉少なに答えるだけだ。
「……あったな。そんなの」
きみも俺も、教職課程を受講していた。
きみは幼い頃から理科教師になるのを、夢に抱いていたらしい。
夢を語るきみの瞳は美しくて、思わず見とれてしまったことは、きみには秘密の話だ。
『工藤くんはどうして教職とったの?』
『親に薦められたから』
実際にその通りだったから、夢も何もない俺からしたら、きみの瞳は憧れだったよ。
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